テレビが政治をダメにした?
津田さんのメルマガで鈴木寛さんの「テレビが政治をダメにした」の紹介がなされていて、それを読んで思ったことをいくつか。
本の題名もセンセーショナルで人を惹きつけるようなタイトルですが、テレビというものがどのように政治ないし政治家に影響を与えていったのかということがわかりやすく書かれていて、テレビと政治の力関係が、政治権力からコマーシャリズムに写っていったことが読み取れます。
80年代までは政治の方がテレビより優位に立っていた時代だと言えます。それには二つの側面があります。一つは、テレビの側の技術的な問題で、「編集」ということが難しかったこと。編集する事で生の事実を加工し、編集者の意図を加えることができますが、技術的にそれがまだ未成熟でした。もう一つは、これは田中角栄氏の派閥が、ということですが、免許事業であるテレビ事業に対し、この免許を与える郵政大臣をがっちり押さえてきたということです。政治権力によってテレビが縛られていたと言えます。
このような状況から、やがてテレビの方が力を増して来ることに関して、鈴木氏は3つの要因を指摘しています。電通、小沢一郎、田原総一朗です。
電通は、ニュース番組を視聴率の取れる娯楽番組を作るきっかけを作ったこと、もっといえば、ニュース番組でもスポンサーをとってきたことという役割を果たしました。
小沢氏は、テレビが政治を簡単に二元化しやすいような、フレームワークを産み出しその契機となりました。具体的には、「改革派」と「守旧派」に二分したレッテルを貼り、それをテレビが利用することで、政治を「わかりやすく」報道することができるようになりました。
田原氏は、小沢氏の場合と相関する部分はありますが、本質的にグレーでしか決められない政治に、ゼロイチの二分法を導入し、政治を娯楽化しました。政治というのはその性質からして、黒か白かはっきりと決められるものではありません。例えばTPPの問題にしても、参加して全て既参加国の要求を飲むorTPPに参加しない、のどちらかしか参加するかの二択で考えることはできません。参加するけども、安倍首相が「聖域は守る」と言ったりしたように、この部分は譲れないけれども、代わりにここは妥協する、というような、非常に高度な交渉の世界であり、そこは論理の積み重ねによって丁寧に対処すべき問題です。
それを田原氏は、テレビ番組での政治家との討論で、ゼロイチの二択で決断を迫り、論理でなく感情を掻き立てることで、政治家の発言を引き出し、その発言が結果としてその政治家を自縄自縛することになったのです。これは政治家が感情的になる分、エンターテイメントとしては面白くなり、視聴者にとって政治が身近にはなりましたが、一方で問題をステレオタイプ化し、政治の本質を見誤らされる原因となったのでした。
テレビは長いあいだ、日本において非常に強いメディアであり続けましたが(そして今もそうですが)、そのテレビの強さを助長する日本固有の構造的問題があります。それはテレビと新聞社の資本関係が独立していないということです。先進国としてはこれは例外的で、普通は相互批判によりメディア同士で牽制させ合い、健全なジャーナリズムを保つという意味で、テレビと新聞は資本関係に独立させておくのが世界的な常識だそうです。日本では新聞がテレビを所有しており、両者において、健全な相互批判が成り立っていないのです。
そうやって、テレビが健全な批判的ジャーナリズムを実現できていないからこそ、「第三極」としてのネットメディア、津田さんのメディアに期待するのです。
100%中立なメディアとか立場というのはありえなくて、どんな人がどんなことを喋っても、ポジショントークにならざるえないのですが、だからこそ、いくつかの対立するメディアやジャーナリズムがあることで、少なくともいくらかの妥当性の担保されることが重要なのです。
テレビ、新聞、ネットこのメディア、正確にはテレビと新聞が資本的に関係性を持っているのためテレビ・新聞とネット、ということになりそうですが、この複数の対立軸を成すにおいて、まだまだネットというのはメディアとして優位性をもてていないような気がしています。
それはネット内でのジャーナリズムが群雄割拠の状態で情報過多になっているため、一つ一つが小粒になってしまうということ、それにより、一つの局で大きな影響力を持っているテレビ局に対してインパクトで負けてしまうように思われます。
なので、以下にネット内に規模感の大きさという意味で影響力の強いメディアが創出されるか、それが大きな課題だと考えています。
現在のジャーナリズムの状況は、経済学的には「寡占」の状態であって、完全競争的でないため、市場原理からしたら望ましくありません。それが、ジャーナリズム質の低下の要因だとしたら、以下に既得権益化した既存勢力に対し、対抗勢力を作るかというのが課題になるのでしょう。