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時間や機会に対する投資

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あけましておめでとうございます。って言ってももう三日ですが。正月ももう三日。明日から授業あるらしいですうちの学部は。あさってからまた土日なんだしもうちょっと学生のこと考えてくれてもいいんじゃないかと思う今日このごろ。

 

新年の挨拶とか豊富とか、今年はどのSNSにも書かなかったんですが、気をつけたいなと思ったことがあるので少し。

 

それは、タイトルにもあるとおり時間に対する意識の持ち方。今年は特にこれについてシビアにいきたい所存です。具体的には「それだけの時間を使ってする価値のあることなのか」という視点を持っていたいということです。

 

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例えば、よく言われるのですが授業の値段について。国立大学の授業料が年間約54万円。4年にして216万。卒業に必要な単位数が130単位、1授業あたり2単位15コマとすると、90分の授業一コマがだいたい2200円。よくある言説としては、「大学の授業料は一コマこれだけかかってるんだ。バイト代にしたらすごい高額でしょ。だからサボらないで授業ちゃんとうけようね」っていう文脈。まあそれはそれでいいんですが、今回はちょっと違った視点から見てみたいと思います。

 

3年生の秋冬というのは特に外資系の企業受ける就活生にとっては非常に忙しい時期で、選考や対策もあってなかなか授業に出るのがおっくうになる人もいるかもしれません。そこで、「面接かぶった」「筆記対策しなきゃまずい」という理由で、授業に出ないということを考えるとき、この企業の面接に行くという行為が、上述の2200円、加えて授業で行われる小テスト、授業にキャッチアップできなくなることのリスク、などもろもろのネガティブな要素を勘案して、ここで授業に出席しないで面接に行くという行為が、授業に出席するという行為よりも、短期的・長期的にみて、総合的に価値がある、という判断の仕方をする、という視点をもつのが重要なのです。

 

選考だけじゃありません。彼女とデートとか、図書館でレポート、部活動、バイト。。。授業と競合するイベントがはいくらでもあると思うのですが、先に言及した貨幣価値だけでなく、その授業から受けられる知識・スキルなども手放すという選択を同時に行っているという、視点が必要なのです。

 

経済学的には「機会費用」と呼ばれる考え方ですが、そうじゃなくても、何も予定が入ってないフリーな時間があるとき。その時間をどう使うか。例えば疲れていて、でもこのあと少しやりたいことがある、という状況ならちょっとリフレッシュするという選択肢を私は取るでしょう。それは短期的に見て、今ここですぐタスクにとりかかっても疲労のため精度の高いアウトプットは出せないだろうからです。これは「休む」という行為を中期的な将来に対する投資と捉え、パフォーマンスを上げるために払っていいコストだととらえているのです。

別に疲れていなくても、娯楽するにしてもなにか付加価値のあるもの、投資価値のあるものに時間を使いたいのです。例えば最近本を読むようにしていますが、経済小説を読むようにしています。それはそれを通して当該分野の知識や雰囲気、匂いといったことを感じ取ることができ、就活生の自分にとって、その業界で「働く」ということを疑似体験できるからです。

 

長期的な視点から見ても人生で与えられて時間は有限なので、その中で同自分の価値を最大化するか、そういう視点を持ってこの一年間を過ごしていこうと思います。

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