論理と情緒と情熱と。

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僕が就活で学んだ4つのもの

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何かと世間では批判の多いシューカツですが、ぼく個人が就活してみた感想としては、大いに得るものがありました(まあ個人的にはそういう一面的なシューカツ批判は全く本質的じゃなくて好きじゃないんですが、そのことはまた機会があれば書きましょう)。コンサルの就活をしていたということもあるのですが、論理的思考能力、思考体力、ロールプレイング、自己についての考察、大きくこの四つの点で気づきを与えられました。

 

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まず、論理的思考能力というものを深化させることができました。就活を始める前からも、「頭の回転いいね」とか思考能力を周囲から評価されたことはあったのですが、自分の中でそれが目に見えてスキルとして向上したという実感を持つことができました(まだまだ伸ばす余地は大きいと思いますが)。

加えて、論理的思考能力なるものの本質について自分なりの解釈を得ることができました。今となっては至極当然に思えるのですが、論理的思考能力とは、複雑な事象の本質を見抜き、それをわかりやすくシンプルな形に構造化する能力だという定義を持つに至りました。(ある程度自分で本質的だと思える定義に至れたのは)フレームワークを中心に対策するコンサルのケース面接対策においても、常にその本質は何か、とフレームワークにとらわれずその事象自体の本質を捉えようと思考し続けたことが大きかったと感じています。ケース面接対策は、フレームワークを覚えればある程度それで対応できるようになってしまうというものであり、ヘタをすればフレームワーク至上主義に陥りかねません。しかし、フレームワークそれ自体は本質的ではありません。それはひとつの「切り口」を提示しただけであって、それが森羅万象に通用する万能な「解」ではないからです。

そして、論理的思考能力を体現するのに必要な要素として「思考体力」というものに気づけました。「採用基準」というマッキンゼーの元採用マネージャーが書いた本を友人が読んだらしく、彼から聞くところによると、そこにも触れられていたことなのですが。上で触れたフレームワークにとらわれずに思考し続けるということにも関連してくることですが、安易な「解」に逃げるのではなく、その物事の本質について妥協せずに考え抜く力、この考えようとする姿勢や考えることを楽しめること、そういったことが結局は思考力なるものを支えているんだという考えに腹落ちし、実感することができました。自分もジョブでのワークはハードでしたがとてもエキサイティングで楽しいものと感じることができ、やっぱり自分はこういう職業に就きたいんだなと自己理解を深めることもできました。

 

次に、ロールプレイングの重要性を教えてくれました。シューカツ、ここではその面接でということですが、僕は常々、「就活はゲームだ」ということを言ってきました(その割に内定無双できませんでしたが)。その心は、志望動機や自己PRなどを論理武装して、相手の反応を見ながら相手の気に入るような受け答えを返していけばいいんだ、それが「本当の」自分であろうとなかろうか、志望動機が嘘だったり学生時代頑張ったことが嘘だったりそれが虚構だとしてもそういう自分を演じることができればうまくいってしまうんだ。シューカツの対策というのは、そういうふうに演じられるようになることが大事で、虚構の自分を作り出すくだらない作業だ、というようなものです(この点を論ってのシューカツ批判もありますが、それはそれで本質的ではありません。シューカツそのものの批判と就活をうまくやるための方法論はわけて考えなければなりません)。しかし、その「虚構を演じる」ということ自体が、人生の潤滑油になるんだろうなあ、うまく生きていくためにはきっと必要な事なんだろうなあということを教えてくれたのです。

僕はもともとそういう「演じる」というようなことが苦手だったというのもあります。罪悪感じゃないですけどそういうたぐいのものを感じてしまって嘘をつくのが苦手だとか、感情が顔や挙動に出てしまいやすく、思っていることがすぐバレてしまうとか。そのことで今まで特段損をしている気分になったことはなかったのですが、このことを軽機に、ひょっとしたら今まで気づかないだけでネガティブな影響を受けていたのかもしれないなあ、気を付けないなあと思うようになりました。単に人や場面に合わせた対応をするというだけでなく、頭のてっぺんから足の先まで、相手にどういうふうに思われているかと配慮しながら「演じる」こと、より細かい意識を持ちたい、と思ったのです。

 

そして、これが一番自分にとって大きかったのですが、自分という存在の成り立ちについて深く考えることができました。僕は今まで、割となんでも首を突っ込んでみたり、人に負けたくないっていう競争心が強くて、そのための努力も、頭を使うたぐいのものであればがんばれるタイプでした。そのことについて、なんで自分はそういう人間なんだろう、とか、何がきっかけにになって今の自分があるんだろうというということを考えるようになって、自分のルーツや志向性、そしてそれらをヒントにして将来どういう人間になりたいのか、というのをぼんやりとですが考えることができました。

幼少時代を裕福でない家庭で過ごし、コンプレックスを持ち、いつかここから這い上がりたいと思ったこと、小学校時代のいじめ、受験勉強の失敗、浪人、大学生活を始めることによる環境の変化。

こういった要因がある種の自分の中で負のエネルギーとなって、僕を突き動かしていたのでした。それは、大学に入ってから原動力が正のエネルギーにうまく転換できたってのも大きいですが。

そうやって自分という人間を理解することができたのは、就活関係なく、僕の人生において大きな財産になるだろうと思っています。やはりこういうものは本気で考えないと、納得いく答えがでないものです。

 

まとまりのない文章ですが、僕が就活を通して手にい入れることができたと感じるものについて書いてみました。就活に限らず、何事も本気でぶつかっていくことで、それなりに得られるものがあるのではないでしょうか。

 

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