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メイロマさん(@May_Roma)になんで違和感を感じるのかなんとなくわかった

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Twitter界では既に有名人、メイロマさん(@May_Roma)こと谷本真由美さん。結構前からフォローしているのですが、その過激な内容とジャパンパッシング自己啓発的な内容から人気を集めフォロワー数も4.6万人を超えます。最近は著書もたくさん出されているようで、新進気鋭、まさにイケイケどんどんです。示唆的で参考になるような内容も多く、フォローし続けているわけですが、正直、うざったさを感じる部分もあります。

言ってることはまっとうなのに、なんでそんなうざく感じるかと考えたとき、まず挙げられるのはツイート数&RT数の多さでしょう(これは自分のフォロワー数にもよるのですが。多ければそれだけ埋もれる可能性も高くなる)。彼女関連のものでTLが埋まることも時にはあり、もうお腹いっぱい、となってしまうのです。しかし、ほかにフォローしている人でツイート数が多い方もいますが、(それはそれでうざいのですが)彼女ほどではありません。例えば津田大介さんの連続RTもすごいですか、そこまでネガティブな印象は持ちません。「あ、またね。はいはい」と冷めた気持ちでやり過ごせるのです。

 

となるとメイロマさんにはツイート数以外にさらなる「うざ要因」があるということになるます。それは一体なんなのでしょうか。

 

それに対する答えがなんとなく浮かんだのは、弁護士とか会計士とかの行く末を考えていたときでした。

おそらく公認会計士も弁護士もこれから厳しい業界になっていくだろうというのが僕の認識です。両者とも国内で業務量に対して人が溢れ、人あまりの状態になっています。加えてグローバル化の影響もうけて外国との競争になり、機械や業務用ソフトが発達して仕事が奪われる可能性があります。弁護士の場合は文部科学省の方針で法科大学院を卒業してから司法試験を受けるルートが設定されましたが、それは結果的に法科大学院の乱立を招き、新司法試験制度の導入とも相まって弁護士の増加を促しました。公認会計士の場合はTPPの影響で、米国公認会計士の資格でも日本で監査業務が可能になります。しかも米国公認会計士は日本の公認会計士試験と比べてかなり易しく、試験の難しさで参入障壁を築いていた監査業務への参入が容易になります。

こういった背景を踏まえたとき、これから試験を受けて弁護士や会計士になるのは避けたほうがいいかもしれない、という考えを抱くようになるわけです。

しかしこの二つの国家資格を目指している人たちは自分の友人も少なくなく、自分の非常に親しい人たちでもこれらの資格を目指している人がいます。彼ら・彼女らはこれからレッドオーシャンになるであろう業界に対して、お金や時間など高いコストを払って向かおうとしているのです。

では僕は彼らに対して、弁護士や会計士をやめるように言うべきなのでしょうか。「これから弁護士や会計士は結構やばくなるから、やめといたほうがいいって。ロースクールやめて就活しなよ」

こう言ったほうがいいのでしょうか。

ここでの「べき」論の正解は僕にはわかりませんが、僕個人の効用最大化を考えた場合は言わないことが合理的選択となるでしょう(逆に彼ら彼女ら個人の効用最大化を優先するならば言うことが合理的選択になります)。彼らに忠告しやめるように説得した場合、人間関係に軋轢が生じるのは想像に難くありません。その親しい関係性を失ってしまうのは僕にとって重大な損失です。

 

なぜここで、相手はそんなことを言う僕に嫌悪感を感じるのでしょうか。僕は正しいと思って、良かれと思って相手に言っていて、先ほどの僕の展望が正しければ、確実に有益なアドバイスなはずなのに。

 

おそらく二つの要因が考えられます。一つはこれが彼ら・彼女らの価値観や努力の否定につながること。もう一つはそういった展望というのが100%確実というわけではないこと。

現在すでにロースクールに通うなり予備校に通うなりして金銭的なコストを支払い、勉強をある程度進めているという意味で時間的なコストを支払い、労力も投入しています。すなわち充分大きなサンクコストが発生してしまっているのです。僕のアドバイスはその頑張ってきた努力やコストが無駄だったというに等しいわけですし、彼らはその勉強が将来の成功につながると信じてやってきたわけですから、それはそのまま彼ら彼女らの価値観を否定してしまうことになるのです。

 

しかも弁護士や会計士がオワコンだという展望は100%確定ではありませんし未来のことなので誰にも実際はどうなるかはわかりません。そんな不確実なことで責められるのは理由なく責められているともとれるわけで、だからこそ相手の反感を買ってしまうのです。

 

メイロマさんのツイートにはこの二つの要素があるからこそうざく感じるのです。これからグローバル化が進む厳しくなっていく世界についての展望が、あまり丁寧でない言葉だったり、命令口調の言葉で発せられ、それでTLを埋められることもあるのですから、ひどく非難されているような感覚に襲われるのです。そしてまるで「今のお前はダメだ」と否定されるような気分になります。

そしてそういった展望というのが100%確実ではなく、少なくとも情報の受け手にとっては可能性が高いとは思えないのです(逆説的に言えばだからこそ否定されたと感じる)。メイロマさんは日本の外からグローバルについて語り、それを聞いて気分を害すような人は日本の中にいてグローバルなことが見えないという情報の非対称性が存在しているわけです。

 

そして実はこれって、強引な宗教勧誘と近しい部分があるのではないでしょうか。彼らは現在の科学的世界観から見るとおよそ非現実的な教義を信望し、それを押し付けてくる。それは100%確実とは言えない世界観を下に価値観を否定することにほかならないのではないでしょうか。

 

この、「強引な宗教勧誘」と結びついた時、僕の違和感がすっと解けた気がしたのです。

 

自分を守ること、自分のを否定したくないという思い、結局最後は「信じる」っていう合理性や論理を超えたところに、価値観の変化というのは存在するのでしょう。そういう信念みたいなものを侵食された時に人は大きな不快感を感じるのでしょうね。

 

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※補足※

たぶん、違和感の原因は上記の事柄以外に、そしてこれの方が大きい要因かもしれませんが、メイロマさん礼賛の空気が透けて見えるということもあると思います。彼女は自分に賛同してくれているツイートを積極的にRTしまくっていますが、それがあたかも皆がメイロマさんに賛同し崇めているような構図に見えてしまうのです。それは大勢の人が無批判に彼女のことを崇めてて気持ち悪いというイメージを生みます。彼女のツイートの内容とは全く独立にね。