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ネガティブなエネルギーが僕の無意識的なモチベーションになっている

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僕という人間は、自分で言うのもアレですが、上昇志向が非常に強くて、チームよりは個人で動くことの志向性の方が強い人間です。おそらくそれは、僕の過去の体験の中で、非常にクリティカルな出来事があって、それを契機にして僕という人格が形作られているせいです。

人間というのはやばり、幼少期の時の経験を大きく受けるもので、そのとき身に付いたスキルなり素養なり性格というのが、その後の人生にクリティカルに影響してくるものです。

子ども時代の体験、人生観や結婚観にも影響 - Benesse教育情報サイト

 

僕もご多分に漏れず、僕の場合も実家で過ごした幼少期の時の経験というのを強く受けているのだなあ、あとから振り返ってみて感じることが多くあります。

 

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現在は幾分かましになりましたが、僕の実家は「超」がつくほど貧乏でした。どのくらいかというと、いわゆる「ロクヨン」とか「プレステ」とかのコンシューマーゲームを買ってもらったことはありませんし、お小遣いすらもらったことはありませんでした。親がどう思っていたかは知りませんが、家の経済状況を汲んで中高のときは部活を断念しました。高校の時ですら奨学金を借りてました。

そのくらい貧乏でした。

 

それだけ貧乏だったので、当時の僕は、周りが非常に羨ましかったです。当時、小学生の遊びといえば、スポーツか家庭用(orポータブル)ゲームかカードゲームでしたが、僕の家ではそういったものは買い与えられなかったので、友達と遊ぶときはだいたい、(スポーツ以外は)みんながやっているのを横目で見たりして、たまに貸してもらって混ぜてもらってました。しかも運動が不得手だったので、サッカーやキックベースやっていてもあまり楽しくありませんでした。

 

小学校の時ショックだったのは、一度友達が自分の家に来たとき、「え、なにこれ、めっちゃ狭いじゃん」と言われたことです。当時言い放ったの彼にはなんの悪気もなかったのでしょうが、少年の僕的にはひどく傷ついたのを覚えています。というのも、友達の家に遊びに行ったりしていて、その比較から僕は自分の家(アパート)の小ささを十分認識していました。なので、そんな家に友達を入れることに最初から抵抗がありました。しかし、その場のノリというか、「いいじゃんいいじゃん」という小学生ならではの無邪気な好奇心に負けて、僕は留守だった自分の家に彼らを招き入れたのでした。

 

中学もだいたい同じ感じでした。部活に加入するも上記のような理由でというでやめましたし、学校生活自体は楽しかったですが、なんとなく周りが羨ましいなあという思いを常に抱いていました。だいたい勉強しているかパソコンいじっているかで中学生時代を過ごした気がします。

そうそう、うちの家庭は貧乏なのに加えて、両親の仲も険悪で、なんで離婚しないんだろうって僕が思うほどでした。常に口喧嘩してるし、仲良さそうにしてるの見たことない、そういえば。そういった事情もあって、あまり家にいるのが好きじゃありませんでした。いても自分の部屋でテレビ見ていることが多かったです。貧乏だったり、両親の不仲だったりで家に対して全くと言っていいほうどポジティブなイメージを持てなくて、学校にいるほうが何倍も楽しくて、あまり家に帰りたくないっておもってる中学生でした。

 

こういった実家に対するネガティブなイメージ、負のイメージが僕を突き動かす原動力となったのでした。いい印象を持っていなかった分、ここからなんとしてでも抜け出したいと思うようになり、その手段として勉強を猛烈に頑張ったということです。

「県外の有名な大学に合格することができれば、両親も一人暮らしを許可してくれるだろう、そもそも大学生活に関するほとんどすべての金を自分で用意することになるのだから、どこに行こうと親が口出しできるわけはないだろう」

こんなふうに思って、特に高校生の時は本当によく勉強しました。幸いというか、特に大学受験生の時は家ではひたすら勉強していて、それにかこつけて両親ともほとんど話してませんでした。これを反抗期と呼ぶのかどうかはわかりませんが(僕自身が違うと思っていますが)、とにかく勉強してました。幸い、成績は良かったし高校もいわゆる進学校に通うことができたし、大学受験を通して結果的に今親元を離れて大学生活を送っていられるので、当時の願いは叶えることができたと言えます。

大学に入ってからはある程度使えるお金にも幅ができましたし、僕にとって大学受験というのは成功体験として内生化されているのです。

 

現在の自分においても、こういったある種の負のエネルギーが行動のもととなっている点は(100%ではないですが)大いにあると思っています。大学生活が始まって、そういった実家のしがらみを忘れて楽しいことをたくさん経験した結果、ポジティブなモチベーションが増えたというのも、実感としてありますけどね。

 

だから、僕は根はネガティブな人間だし、バンドやってた時も、そういう負のエネルギーにあふれた音楽を好んでいました。そう言う意味においてthe yellow monkeyの吉井和哉が作る音楽が好きなんだろうなあというのも自分で納得できるわけです。彼自身も、幼い頃からずっと母親に対してコンプレックスを抱いていて、それが彼の曲作りの原点になっていたりして、自分と近しいものを感じるのです。

 

こうやって、ある種「這い上がった」ストーリーとして語ることもできるのですが、実際、家庭で何らかの問題を抱えていた人の方がキャリアについて真剣に考えている人が多いような気がするのは、僕の気のせいでしょうか。

それとも僕の周りのサンプルが偏っているのでしょうか。

 

僕は、人間は負荷を乗り越えないと、人間的な成長はなすことはできないと思っていて、だから家庭背景上のコンプレックスを克服してうまく昇華できた人というのは、問題を抱えていない人に比べて人間的な深みを有しているように思います。

これは偏見でしょうか。僕自身はまだうまく昇華できていないので、まだ向き合わなければならないわけですが...

 


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