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論理と情緒と情熱と。

就活とかキャリアに関すること多め。「考えたこと」特に、キャリアに関するエントリーを中心に掲載してます。

サッチャリズムを可能にした土壌

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数日前に鉄の女と呼ばれたサッチャー元イギリス首相がなくなられましたね。

 

彼女は今でも評価の分かれる政治家ですが、彼女の歴史をかいつまんでみて、自分が興味をもったのは、配分よりも成長を志向した、いわゆるサッチャリズムを可能にした時代背景だったり当時のイギリスの土壌です。

 

 

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彼女が就任する前は労働党が政権を担っており、「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれるような政策を展開していました。それは文字通り、国家が国民の生活の面倒を見るということで、社会福祉を充実させる一方、重要基幹産業を国有化するなどして政府が個人に仕事を与える、共産主義的なものでした。この結果、個々人の勤労意欲を削いでしまい、また、かつての社会主義国がそうであったように国全体としての生産性が低下してしまい、政府の財政を圧迫させ経済の悪化を招いてしまいました。これは「英国病」と揶揄されるほどひどく、ストが頻発し社会がマヒするまでに至りました。

この時、スタグフレーションというそれまでの経済学では説明がつかない経済不況が生じました。スタグフレーションとは景気が後退しながらも持続的なインフレが生じることです。景気後退によって職を失う人が多くなり、高い失業率とインフレが同時に起きてしまうというものです。それまでの新古典派ではフィリップス曲線という概念があり、インフレと失業率はトレードオフの関係にあるとされていた定説が、見事に崩壊した瞬間でした。職はないのに物価は上がり続けるという、恐ろしい状態が実現したのです。

 

 

 

このような中で、労働党が愛想を尽かされ、保守党のサッチャー氏が首相に就任したわけです。労働党が平等や分配を重視したのに対し、サッチャーはパイそのものを大きくし経済全体を成長させる政策をとりました。しかしそれは、一方で格差を容認するということであり、「痛み」を伴う政策だったわけです。

 

僕は大学で曲がりなりにも経済を学んでおり、自由貿易などの新自由主義に肯定的な立場です(ただし同時に格差を補てんするような政策も必要)。なので日本においても、格差に目をつぶり全体のパイを増やすような政策が実行されることが望ましいと思っています。

しかし、現実的にそのような政策を実行しようとした場合、上記のような「痛み」を伴う政策である以上、反対を受けることは必至なわけです。現在のアベノミクスしかり、一昔前の小泉首相しかり、今まで総中流時代だった日本人にとって、格差を容認することは抵抗があるように思われます。

 

ではどうすればそのような政策が実行されるのか。その問いに対して一つの示唆を与えてくれるのがサッチャーの政治だったと思うのです。

つまり、もうどん底という時代背景がないとなかなかこのような「痛い」政策は受け入れられないのではないか、ということです。人間というのは基本的に楽をしたがる生き物です。そこそこ仕事してそれなりの生活ができていればその現状維持を望みますし、あまりそこから頑張ろうと思わないのでしょうか。しかし、サッチャーが登場した時代には、もうそんなこと言ってられないほど、経済が停滞し、現状維持をしようとすると今の苦しい生活が続くしかない、そんな状況で国民のマインド的に彼女を受け入れる土壌ができていたのではないでしょうか。

 

また同時に彼女自身もカリスマ性やリーダシップを持ち合わせており、国民のマインドセットを変えるような政治手法をとったという面もあります。すなわち、彼女自身が庶民の生まれで投手まで這い上がってきたというのもあると思いますが、自助努力によって生活を改善するというモデル魅せたこと、それが今の日本にも必要なのかもしれません。

 

日本もいずれ財政状況が改善しなければ、近い将来にデフォルトの可能性があります。本当にそうなって経済が混乱した時に、日本国民もまた、苦い薬を飲む覚悟ができる、ということなのでしょうか。その前に適切な政策が実行されればいいんですけどね。

 

サッチャー回顧録―ダウニング街の日々〈上〉

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