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ベンチャーはいつまでもベンチャーたりえるか:イケダハヤトさんのブログから

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彼のエントリーでは富士通の情報過多な中づり広告を例に挙げて、その広告であろうチームの(ひいては富士通全体の)リーダーシップの欠如を指摘しています。
そして、それはそれぞれの利害関係者の主張を否定できないことに問題の根幹があり、それを「大企業病」とみなしています。

大企業は、成功してそれぞれの部署やステークホルダーが大きくなってしまい、同時に声も大きくなって、それらすべてを無視できなくなってくる、ということがあるのでしょう。
これは先日参加したワークスアプリケーションズの牧野CEOの講演にも通ずるものがあります。
彼曰く、首相の野田さん自体は本当に優秀で頭がいい。でも、自民党や共産党などの野党、それに民主党内でもさまざま意見や派閥が乱立し、彼らを無視できないがゆえにあいまいなことを言わざるを得ない。
TPPの問題の関しても、日本全体の国益を考えたら需要するしかないのに、農業や医療などの既得権益(そして彼らは力を持っている)の反発を恐れて断定的な物言いができない。


僕自身も、そのことが気になっていて、インターンの面接でそのような質問をしていました。大規模になったにもかかわらず、未だに「ITベンチャー」とくくられる企業。
「御社は常にベンチャーであり続けたいということを標榜しているが、実際は従業員も増え、組織の規模は大きくなってきている。大企業になることの弊害を防ぐ何か対策や制度はあるか」と質問したりしてました。
帰ってきた答えは、月並みですが、社内の風通しを良くする、誰でも発言しやすい環境づくりを心掛けている、役員や組織のトップの人間と末端の人たちのコミュニケーションを増やす(今はFacebookやtwitterが発達しているので以前よりコミュニケーションしやすくなった)、若手にも大きな裁量を任せる、などでした。
これっておそらく「普通」のことですし、でもそんな「当たり前」のことができるのが難しい、って感じなのかな、という印象。

イケダハヤトさんのエントリーは「誰でも発言しやすい環境づくり」というのにかかわってくると思うのですが、これって普通=自然(つまり何も対策しないということ)にしてたら難しいんですよね。
目上の人には気を使ってしまうし、尊敬もするし配慮もする。時には萎縮する。自分が何か指摘すべきことに気づいたとして、そんなの向こうはお見通しで、それを想定した提案になってるのかもしれない。だとしたらとてもレベルの低い発言になってしまう、など。

だから、こういうことっていうのは「自然」にしてたら無理なので、誰でも発言できるような風土を促すような仕組みづくりが大切なのかな、と思うわけです。
それがなんなのか、というのは今の僕に具体的な解を出すことは難しいです。
しかし、ともすると精神論で何とかしようとしてしまいがちな問題だとも思います。
けどこれはマインドの持ち方で何とかなるような問題じゃなく、構造的な問題。
逆に言えば、そこを解消するような仕組みづくりができれば、本当に、ベンチャーがベンチャーたり続けることは難しくないのかな、と思います。

いわゆる「ITベンチャー」の社員さん方は、(少なくとも僕が会った方たちは)みなさんもれなく魅力的でしたし、上記のような質問をぶつけても、全くそんなことはなく楽しく伸び伸びと仕事ができている、むしろ僕がそのことに関して突っ込んだ質問をすると、なぜそこまでそこにこだわるのかわからない、というように感じている印象を受けました。

たしかに、ネット企業はイノベーションが激しく、常にクリエイティブなアイディアを出し続けなければならないので、そういう風にならばる得ない、という側面もあるでしょう。
日本の老舗大企業が、そういう部分を模倣できれば、と思ったりするのです。